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伝統の崩壊

2024/3/18

伝統は崩壊するものです。
しかし、本当の伝統は心の中にあります。

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スピリチュアル

臨死体験と精神について

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人間の存在意味

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「人間存在の意味を探求すること」が「精神的次元上昇への道」となるのです。

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アドラー心理学(個人心理学)とロゴセラピー(実存分析)

2022/11/28

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それは「勇気」における「謙虚さ」です。

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量子力学

量子力学とスピリチュアルと愛

2020年11月18日

この記事のココがポイント

量子力学とスピリチュアルに「愛」を取り入れましょう。

今、スピリチュアル業界では、量子力学を応用した理論が展開されています。

量子力学とスピリチュアル

量子力学において、物質の最小単位である量子は、粒子と波の二面性を持っています。

これは二重スリット実験で明らかになったものです。

この量子の二面性というのは、観察すると粒子としての性質を持つが、観察していない時は波動としての性質を持つというものです。

このことがスピリチュアル業界では大変な波紋を呼んでいるのです。

スピリチュアルでの「引き寄せの法則」

スピリチュアルの世界は「引き寄せの法則」と呼ばれる法則があり、あらゆる願望を実現できると言っています。

スピリチュアルでの引き寄せの法則を、見ていきましょう。

音波・電波・脳波等あらゆる事物は振動しており、波動で成り立っています。

すべての物質には固有の振動数があります。(人とのコミュニケーション、水と油、笑いと怒り等)

波長が合うと共鳴します。

エネルギーが低い場合の波長(波長が長い、赤外線)

エネルギーが高い場合の波長(波長が短い、紫外線)

自分の意識しているチャンネルはどのようなチャンネルでしょうか?

楽しい意識で、楽しい周波数に共鳴していますか?

苦しい意識で、苦しい周波数に共鳴していますか?

どの波長に自分の意識を向けるかによって、発する周波数は変わり、見える映像や聞こえる音が、共鳴により変わってきます。

同じ人間でも嫌なところに意識を向けると嫌な人にしか見えませんし、素晴らしいところに意識を向けると素晴らしい人にしか見えません。

意識のチャンネルの向け方で、引き寄せるものが違ってきます。

プラスの波動はプラスの現象を引き寄せますし、マイナスの波動はマイナスの現象を引き寄せます。

考えていることや意識していることを言葉で言語化すると可視化されます。

自分で意識していることが現実的に具現化します。

言語化することで具現化力が上がっていきます。

行動しない限り現実には起こりません。

イメージ・言語化・行動の三つが願望実現のためのステップなのです。

メージし、言語化し、行動するという三つのステップによって、今まで波であったプラス思考の現実が観察されて、願望が具現化されます。

これがスピリチュアルにおける、願望実現のための引き寄せの法則なのです。

うまくスピリチュアルに量子力学を取り入れていることが分かります。

量子力学における、二重スリット実験からは、かなり飛躍した考え方ですが、なんだか現実味を帯びているような気もしてきますね。

願望実現ビジネス

この「引き寄せの法則」を利用した、スピリチュアル系のビジネスが多数登場しているのです。

思考は現実化する、願望実現、望み通りの人生を掴み取る等々。

なかなかうまいビジネスキャッチコピーですね。

量子物理学の上での、粒子と波の二重性ということが、スピリチュアル業界に大きな影響を及ぼしているのです。

事物のすべては波動であり、この波動を人間の脳(松果体)がどのように捉え、何を思うかによって、その思考を現実化して世界を変えることができると言うのです。

すべて、この世で起きる物事は、量子論でいうところの確率解釈であり、不確定性原理に基づいて成り立っていると解釈し、この量子力学の考え方をうまく利用し、スピリチュアル的には、人の思いの波動を上げていきさえすれば、人間が思ったことが現実になり、夢が叶うということに繋げているのです。

このことは、スピリチュアル系ビジネスに大変な利用価値があることになります。

人は現実の世界をもっと自分の都合のいいように変え、お金や様々な物を手に入れたいと思っています。

要するに人間には煩悩というものがあるのです。

スピリチュアルという領域に、量子力学的概念を持ち出して、人間の煩悩に問いかけ、スピリチュア的に利用しているのです。

最近ではスピリチュアル系ではない量子力学を勉強している方々も、この量子の二重性を利用して、人の心を引き寄せて、ビジネスを行っているようです。

シュレーディンガーの猫

また、我々の世界は無限の可能性がある、と量子力学における、シュレーディンガーの猫の例を挙げて願望実現を力説しています。

すべての部室という空間には、あらゆる可能性が重なり合った波のような状態で存在しており、その可能性を人間が「観察」した結果その可能性が現実のものとなるというのです。

シュレーディンガーの猫説は、コペンハーゲン説の、箱の中の猫が死んでいるか、生きているか二つ同時に可能性を秘めているという状態を、否定するために生まれました。

シュレディンガーの猫は、コペンハーゲン解釈である、粒子はいくつかの異なる状態に重ね合わせの状態で存在しているという説の批判として登場したものです。

猫が箱の中で生きているか、死んでいるか同時に存在しているということは、あり得ないことだ、と批判したのです。

つまり猫は、生か死かのどちらかなのであり、同時に存在することはない、とコペンハーゲン説の解釈である粒子の二重性を否定した解釈なのです。

この「観察」ということについても、量子力学においては必ずしも、「人間の観察」が前提であるとは、現在では考えてはいません。

スピリチュアル系独自での「人間の観察」の解釈、に過ぎないのす。

現在の量子力学においては、まだ粒子と波動の二重性は解明されてはいません。

この粒子と波動の二重性と言う、わけが分からない、オカルト的な要素がスピリチュアル系の世界で波紋を呼んでいるのです。

現在の量子力学では、量子は可能性を持つすべての状態が重なり合っており、観察した時に状態が決まるという、量子力学における、コペンハーゲン解釈である、確率解釈で表現されています。

また、粒子の位置と運動量を同時に観測することはできない、という不確定性原理で成り立っているのが、量子力学で考察されている、ミクロの世界なのである。

スピリチュアルにおいては、シュレディンガーの猫説で、人間がその箱の中を、観察した瞬間に一番高い確率のところに定着する、ということを前提に解釈し、ここで起こる、物理学で考える、確率解釈や不確定性原理を利用し、引き寄せの法則の中に取り入れているだけなのです。

スピリチュアルにおいて、確率論を高める方法は、人間の思いや思考、言葉、行動、自己啓発的な話に帰結します。

世の中は確率で出来ており、可能性を変えるには周波数を変える、つまり、感覚を変える、言葉を変える、行動を変える、考え方を変えれば波動が上がり、人間の願望が現実化できる、とスピリチュアル系の方々は唱えるのです。

量子力学と人間の善と悪

しかし、この考え方には重要な問題があります。

人間に良い人間と悪い人間がいますが、その二重の可能性はどうなるのかという問題です。

世の中には善と悪の二つの勢力があるが、この人々の思考はどう判断するのでしょうか。

悪の煩悩の多くがその思考の波動によって、実現化したならば世界はどうなるのでしょうか?

また、人間の善悪も量子力学における粒子の二重性と同じように確率解釈と不確定性原理で成り立っているのでしょうか?

お金や争いといった汚いものがない高い次元に行ける、と言っているスピリチュアル業界でさえ、結局お金を取って、セミナーや、オンラインサロンや、ヒーリング、スピリチュアルカウンセラー等でビジネスを行っているのです。

最近はスピリチュアル的ではない量子力学を応用した様々なビジネスも横行しています。

やはり資本主義社会と言う、三次元であるこの世界では、ほんとうにアセンションすることは、難しいのかもしれません。

地獄の沙汰も金次第ということなのでしょうか?

宗教でも、スピリチュアルでもこの現実の3次元においては、ある程度のお金は掛かってしまうのは、仕方のないことかもしれません。

人間は仙人のように霞(カスミ)を食べて生きているわけにはいかないからです。

あるブログによると、仙人に近いような食事の仕方でも人間は生きられるようですが、確かに、かえって満腹になるまで食べることのほうが健康には悪いようです。

人間は食べることや、生きていけるだけのある程度のお金は必要ですが、必要以上には、たとえ三次元であろうともお金はいらないはずです。

必要なだけ、とはどのくらいなのかと問われると、難しいですが、少なくとも、一部の名高い新興宗教や一部のスピリチュアル業界で行っている法外なお金の流動は、おかしいと思うのです。

ここに団体で行う宗教やスピチチュアルが陥る罠があるのです。

三次元における宗教やスピチチュアルには限界があるといえます。

なぜでしょうか?

それは団体で行う宗教やスピチチュアルは「神(高次元の世界の存在も含む)」が実際に行っているのではないからです。

そこには宗教やスピチチュア業界の中にいる、人間の恣意性(煩悩)が絶対的に入ってしまうからです。

ここで立ち止まって、ただ手をこまねいているだけ、では前には進めません。

もっと波動を上げて思考しなければ、スピリチュアル業界で言っているように、物事は現実化しないのです。

量子力学における「観察」と哲学における「観察」

ここにまたフランクルの思想を取り入れ、哲学の方から量子力学に足を踏み入れて、考察してみることにします。

さて、量子物理学や、スピリチュアル系の考え方からすれば、量子は波(波動)でもあり粒でもあるが、人間が「観察」すると粒であり、波(波動)の様子は見ることはできません。

この人間の「観察」というところに焦点を当ててみたいと思います。

量子力学やスピリチュアル系では物を見るときに、「観察」というものが大きなカギとなっています。

これを哲学の側から考えてみたいと思います。

量子力学では物を見るときは「観察」ということを考えます。

この「観察」というものを、哲学の側から考察すると「認識する」ということになります。

なぜなら、「物を観察するには」人間は、「物を認識しなければならない」からです。

人間がある物を認識する、ということは、どういうことなのでしょう?

人間は自由な意識を持っています。

現象学者であるエトムント・フッサールは「意識の意識であるゆえんは、それが何者かに対する意識として志向性を備えている」としました。

人間は自分の意識で志向性を持って物事を認識しています。

量子力学では「観察」ですが、この意味で哲学において、「観察する」ということは「認識する」ということになります。

人間が事物を意識して志向し、観察する時に初めて、事物の認識が始まるのです。

人間が事物を観察する時には、人間が事物を自分の志向の対象として扱い、その事物を自分自身で志向しない限り観察できないし、事物を認識することはできないのです。

通常人間は認識する時は、五感の一つである、目で認識します。

人間が物を見る時は、まず自分の都合の良い物を見ようとします。

自分の都合の良い物だけを見て、他の物は目に入らないのです。

このように神と呼ばれるエイリアンは人間を造ったのです。

「あなたは節穴ですか?」

と言われたことはないでしょうか。

人間は見ているようで、実際は自分の都合の良い物しか見ていないのです。

ここに「愛」という哲学的概念が必要なのです。

「愛」による認識作用

哲学において、真理が問題となる時、真理を見出す時には、何といっても主観的な精神的努力が必要です。

フランクルは、

存在が開かれ露わになるのは、私が自分を存在にさし向け、それに自分を捧げる場合だけである。そして、この献身は愛と結びついている。

ヘブライ語で、認識と性行為を意味する言葉が同一であるのも偶然ではない(ちなみに、マックス・シェーラーも、認識行為には愛の行為が先立つと言っている)。

意味への意思 V・E・フランクル 春秋社 125ページ

と言っています。

フランクルは、人間の認識に関しては、それの主観的相関者が必要で、物事の真理を見出すためには常に主観的精神的な努力が必要であると言っています。

この主観的精神的な努力とは「愛」のことであるとも言っています。

つまり「愛」がなければ物事を真に認識することはできないのです。

人間というのは、ただ物事を観察するだけでは物足りず、不十分です。

全身全霊で、愛をもって、物事を認識しなければ、本当に観察(認識)したことにはならないのです。

物事を真に見るに主観的精神的努力である「愛」の認識作用というものが必要なのです。

「神は愛である」と聖書に書かれているが、人間はアヌンナキ説によれば、全人類が神のDNAを持っているわけであるので、全人類が神の「愛」を持っていることになるのです。

この愛の波動が低いか高いかで、物事の認識作用が異なり、5次元、6次元・・・11次元から物事を見ることができるようになるのです。

自分の「愛の波動」が低ければ低いだけの現実しか現れません。

高ければ、高次元の世界が認識されるのです。

 また、フランクルは

さまざまな事物は花嫁のように精神的存在者を待ち焦がれている。

そして、この精神的存在者の精神的存在、そのすべての精神性はまさに、事物の「もとに在る」ことができるということにある。

そして。この「もとに在る」こと、つまり認識は、ロゴスに依存している。

というのも、ロゴスだけがあらゆる事物を精神的存在者の「もとにもたらす」ことができるからである。

意味への意思 V・E・フランクル 春秋社 126ページ

と言っています。

物の認識においては、精神的存在者である人間の「愛」による認識作用が必要であり、この「愛」による認識作用によって、物事が精神的存在者の「もとに在る」ことができるのです。

これが現実化ということなのです。

フランクルによれば、人間は意味と価値を発見するために存在していると言っています。

また人間は自分の人生から何が得られるかではなく、何ができるかを問われている存在であるとしています。

この問う者とはいったい誰でしょうか?

これは究極的には「神」なのです。

この人間の意味と価値は、意味と価値とからなる客観的に精神的世界であるロゴスの中に存在し、あらゆる人間の決断と自由の客観的相関者(神)がいて、いつでも人間を見守っているのです。

このロゴスの中の意味と価値は、海の波のように、この世界に漂っていますが、「人間の愛の波動」を通して、自由と決断において、生き生きとした意味と価値を発見して現実の世界に実現しなければならない義務があるのです。

これはちょうど、量子力学でいうところの、粒子の粒と波の二重性と同じです。

実存哲学に欠けているもの

フランクルは、実存哲学には欠けているものがあり、一つは、ロゴスへの関連性である、もう一つは、愛への関連性であると言っています。

フランクルは実存哲学の中では、

人間は自由であるということは論じられているけれども、人間の決断が何のための決断であり、何に対しての決断かは論じられていないとしています。

フランクルは、

実存哲学、とくに実存主義は、主観主義であると非難されている。事実、この種のあらゆる哲学的論議の前面に置かれているもの、それどころかその中心にすら置かれているものが決断でありながら、それが何に対する決断であり、何に抗する決断であるのかが不問に付されている。論じられているいるのは何時もただ自由だけである。それ以上のことといえば、せいぜい人間が何から自由であるかについてだけであって、人間が何に向かって自由であるかについては論じられていない。。つまり、責任への自由が論じられていないのである。

意味への意思 V・E・フランクル 春秋社 125ページ

と言っています。

実存哲学は、自由であると言っているけれども、責任ある自由については何も言っていないとしています。

またフランクルは、

 人間には、意味と価値を充たし実現する責任がある。そして、この意味と価値こそ、あらゆる決断と、自由の客観的相関者なのである。

意味と価値から成る客観的精神的世界のうちに、つまりロゴスのうちに、決断と自由の相関者を見出すのである。

意味への意思 V・E・フランクル 春秋社 125ページ

と言っています。

要約すると、

人間は、神のために、ロゴスの中から意味と価値を探し出し、

自分の人生を意味と価値とで満たし、

そして、それをを実現する責任があり、

神に対しての責任において「あらゆる事物」を「愛」により「認識」し、

次の瞬間に、どのように行動するかの決断を下す責任がある存在なのです。

つまり、実存哲学には人間の決断と自由における客観的精神的な、意味と価値の世界である「ロゴス」と、

人間の認識における、主観的精神的な努力である「愛」が考慮されていないとして、実存主義を補足修正しているのです。

ロゴス

ロゴスとは、意味と価値の世界(客観的に精神的なものの世界)

愛とは、主観的精神的な努力(認識)

フランクルにおける、実存分析であるロゴセラピーはこのロゴスと愛を考慮の中に入れていこうという精神療法なのです。

量子力学を取り入れた、スピリチュアル論に欠けているもの

さて、これで、量子力学とスピリチュアルの両方において、欠けているものが明らかになりました、一つは、意味と価値とからなる「ロゴスの世界」と、もう一つは「愛という人間の高い波動性による認識(観察)」です。

この二つが考慮されなければ、本当の物事は把握できないのであり、この二つを考慮して初めて、現実の世界が把握できるということになるのです。

量子コンピューターによる「精神(魂)」の解明

ここでの考察は、哲学の側から量子物理学の領域に入った場合に考慮しなければならない考察であり、量子物理学において、「愛」について数学的に把握されたわけではないということです。

量子物理学においても「観察問題」はまだ解明できていない事柄なのです。

これから量子コンピューターの発展によって「愛」や「観察問題」が解明される時が来るかもしれません。

これが解明されれば、人間の「精神(魂)とは何であるのか」ということが解るのかもしれません。

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